2015年2月 5日 (木)

終わりは近いということをどう思ってるの?

集会や奉仕に行かなくなったことを、エホバの証人は「離れた」と言います。

専門用語では「失われた羊」と言います。

まさしく超上から目線です。

しかし、実態は、「覚醒した」とか「気付いた」という表現がふさわしいと思います。

エホバの証人組織が、この世で不幸な日々を送っている人々に自力では抱けない夢と希望を与える代わりに時間を奪う組織に過ぎないってことに気付いたのです。

そういう意味では、「まだ夢見てるの?」って感じます。

先日、子供のころからの付き合いの平均寿命まであと5年って感じの姉妹に

ばったり会いました。

そして、「終わりは近いということをどう思ってるの?」と聞かれました。

「う~ん。100年前から終わりは近いって言ってますしねー。

使徒たちも、今、王国を実現されるのですか?ってイエスに言ってますしねー

スローガン見たないなもんだと思いますよー」と言いました。

心の中では、「この世の終わりより、姉妹の命の終わりが近いですよー」

と言いたくなりましたが。

終わーりが来るーさ いつか来る

集会行ってる俺には夢がある。

いつーか きっと 中年になる前に

ハルマゲドーン

離れて、就職して結婚したやつがいる。

組織に残って、月給10万独身の俺がいる。

いつーかきっと 生きてるうちに

楽園さー

2014年8月31日 (日)

いつのまにか再婚して子供も生まれた

 

気が付けば、今日で8月も終わりである。

気が付けば、いつのまにか、再婚していた。

今度の妻は、かわいくて、スタイルもよくて、料理も上手くて、片付けもできて、年収も俺より多い。芸能人で言うと、夏帆みたいな感じだ。

そういえば、前も妻も、かわいくて、スタイルもよくて、料理も上手くて、片付けもできて、年収も俺より多かった。しかし、俺には料理してくれたり、掃除したりしてくれなかった。つまり全く優しくなかったどころか、殴ったり罵声を浴びせたりと酷かった。

元エホバ、バツ1、難病持ち、出自の悪さという4重苦のハンディがありながら、よく口説き落とせたなと思った。特に、難病と出自の悪さはかなりのハンディである。強い食事制限に付き合ってくれる妻は天使だ。

当然のことながら、いつもまにか、子供も生まれていた。

で、8月は育休を取ってみた。
本当は半年くらい取りたいが、ボーナスが出ないんで辞めた。
とりあえず、夏休み気分で、というか難病の都合上、暑いときに仕事頑張るのは、下手したら入院コースになるので、8月だけ休んだ。

こういう、空気読まないことをできるのも、エホバの証人時代に、「宗教上の理由でできません」って言ったり、「家から家に」訳の分からない雑誌を配ったりして培った度胸のおかげである。

妻の心を掴んだのも、おばさん姉妹の長くてつまらなくて訳の分からん無駄話を盛り上げることで、コミュニケーションスキルを身に着けたおかげである。

あれ?やっぱり、エホバの証人時代の経験がその後に生きたかな。

もちろん、妻も育休というか産休なので、家事なんてやってない。
夜中もほとんど、妻に任せっぱなしだ。

もちろん、やる気はあるんだが、妻が「亮は、自分の好きなことしてて」ってきかない。
昼間の育児をメインで担当している。
詳しいことは下記をクリック!
http://ikumen-koji.seesaa.net/

2014年8月30日 (土)

あの組織で経験したことがその後に生きた?

エホバの証人組織で過ごしたことで、プレゼン能力が身についたとか、コミュニケーションスキルが身に付いたとか、いう非常に前向きな意見を、とあるブログで見つけた。

確かに、プレゼン能力については、「どうやって習得したの?」と聞かれたり、大学教授並と称賛されたりすることがあった。また、卒論を学会で発表したときに若手優秀賞というものをもらった。

コミュニケーションスキルについても、楽々と再婚できた理由が「話してて楽しかったから」というものだったので、それなりにあるだろう。

神権宣教学校に入ったのは、小6の終わりだった。あの頃は今と違って、聖書の朗読を挟んで話を組立てなければいけなかった。文章を書くのが超苦手だった私にとっては、相当の苦しみだった。毎回憂鬱な気分で、親に殴られながら、何とか仕上げてた。

そんな、ある日、いつものように割り当てを作っていると、指が勝手にキーボードを叩いて、原稿が仕上がった。それは第4の割当で主題だけが決まっており、5分の話を自由に作るものだった。集会が終わった後、帰るまでずーと、割り当てのお礼を言いに来る人がいて、まるで巡回監督の公開講演後のようだった。

その頃、注解も、自由自在に、することができるようになり、深い注解をしたいなら諸葛君のをお手本にして見たら?と長老がアドバイスするようになっていた。

割り当てにしても、ものみの塔などをコピペした面白くないものを作る人が多かったり、注解にしても、ものみの塔に書いてあることを読む人が大多数の中、書いてあることを消化して自分の言葉で、割り当てや注解ができる人は、特に若者にはほぼいなかった。

そういうわけで、プレゼンスキルは大いに高まったが、はっきりいって宝の持ち腐れであった。

プレゼンしたのは、新人研修と、若手技術発表会の2回しかない。技術系公務員なので、プレゼンなんてしない。たまに、地元説明会なんてものがあるが、それは班長の仕事である。

結局、エホバの証人組織では、100人以上の聴衆の前で話をするとかいう特異な経験をしてプレゼンスキルは、もともと超苦手であった割には、高くなったが、そんなものは、ないよりあった方がいいレベル。

コミュニケーションスキルなんてものは、人と接しているうちに自然と身に付くもの。世の人を避けるという方針のマイナスと、エホバの証人組織で色々な人と接したというプラスのどちらが大きいか良くわからない。

ただ、エホバの証人組織での常識が、この世では著しく非常識ということを知ったことで、常識を疑う、もっと言えば、与えられた選択肢以外のことを考えるという視点が肌感覚で理解できた。しかし、これも、注意しないと皮肉っぽくなるだけである。

エホバの証人組織に費やした20年という時間は、どう考えても他のことに振り分けた方がいい時間であった。

2014年3月27日 (木)

恋愛資源の無駄遣い ~小保方捏造事件を見て~

Obokataこの人が誰だか判りますか?

STAP細胞の培養に成功した、いや捏造に成功した

時の人です。

Fランク大学生が授業のレポートをコピペで作成する要領で

名門早稲田の博士号の論文をクリアし、

理化学研究所へ入り、世界的発見論文も作ったというかなりおちゃらけた人です。

これほど、能力がないのに、重要なポストに取り上げられ、重要な仕事を任せられたのは

美貌と積極性という恋愛資源をフル活用した結果でしょう。

エホバの証人組織には、これ以上の恋愛資源を持ちながら、無駄にしてしまっている人がたくさんいます。

美貌とナイスバディと優しい性格を持ちながら、彼氏も作らず、宣教活動に明け暮れ、

気が付けば、生涯貧困孤独女子確定的な人生を送っている人がけっこういます。

結婚は新しい世でとかアホな雰囲気がなければ、経済的に恵まれた幸せな家庭を築けたのに。

やはりエホバの証人組織は罪な組織だと考えてしまったニュースでした。

2014年3月20日 (木)

年収200万 ~エホバの証人組織の勧める悲惨な将来~

11そろそろ、皆の記憶からなくなるころだと思います。

こんな感じの男に見覚えないでしょうか?

そうです、派遣社員で年収200万の底辺中年男です。

悲惨な将来に嫌気が指して、冷凍食品に毒を混ぜた男です。

http://d.hatena.ne.jp/Arlecchino/

でも書いてあるように、年収200万では生活できないことも

ないけれど、最低限の生活で、結婚もできないでしょう。

そんな将来に絶望して、犯罪に走ってしまったのでしょう。

これと同じ将来を勧めているのがエホバの証人組織です。

学歴も職歴もなければ、いざエホバの証人を辞めても、こういう絶望しかないでしょう。

自分の未来もこの男と紙一重だったとニュースを見て思ってしまいました。

思えば、私の初任給もこの程度でした。

公務員に転職して、今では2倍になり、この男の年齢では3倍くらいにはなると思います。

もし、この男と一緒でずーと年収200万であれば、将来を悲観して、王国会館に火をつけていたかもしれません。

そのくらい、罪な組織だなぁと、ニュースを見て、色々考えてしましました。

2013年12月28日 (土)

2013年を振り返って ~

皆さん、今年はどんな1年だったのでしょうか?

私は、漢字一文字で表すと「激」な一年でした。

まず、難病が進行し、倒れ、救急車で運ばれ、そのまま緊急手術となりました。

幸い一命はとりとめ、日常生活に支障のないレベルまでには回復しましたが、

肉も食べれない、酒も飲めない体となり、仕事も無理はできない感じとなりました。

30歳そこそこで、老人のように制約の多い状態となったことで、恨みという感情が

どういうものか理解できるようになりました。

亮のためだからと暴力で強制されたエホバの証人活動を自分を抑えて行わざるを得なかったことが、

亮のためどころか、亮にとって無益ならまだしも、有害になった。

そういう人生を親に潰されたという恨みがどういうものか理解できました。

やはり、人に何かを強制して、結果が悪いものであればとてつもなく恨まれます。

これはエホバの証人2世ならわかるのではないでしょうか?

とはいえ、そういう絶望的な状況になっても、出来る限りの努力をすれば、それに応じて報われます。

今年はそれなりにかわいい彼女ができました。

また、公務員という安定した職も残っています。

自分にできる範囲で、人生を楽しもうと思います。

2013年7月14日 (日)

夏の思い出 ~それは地域大会~

今年も、梅雨が明け茹だるような暑さになりましたね。

病み上がりであるため、仕事で現場に行くと倒れそうになるので、机上主義になってます。

そんな夏の思い出と言えば、夏祭り?花火大会?いや地域大会でしょう。

Taikai

幼少の頃は苦しかった地域大会でした。

1日に及ぶため、じっとしていられなくなる時があり、ムチの確立が飛躍的に高まったためです。

特にお祭りかと思うほどのお菓子がなくなってからは、苦痛でしかありませんでした。

話が判る中高生になってからも、音響が悪かったり、椅子が固かったり、そもそも

ジョークのない単調な話で面白くなかったりと苦痛なものでした。

劇の時間が唯一楽しみでしたが、今思えば、それが楽しみと思うほどの苦しみという異常な時間空間でした。

大学生になって交友範囲が広がってからは、他会衆のかわいい姉妹と話すという楽しみがありました。こんなこともありました。

また、大会のこういう話が良かったと自分の言葉で会話すると一目おかれることもあって、話を解釈する楽しみもありました。

それから4年間は、エホバの証人として最も頑張った期間でした。

社会人になってからは、病気と自分の世界が広がったことから次第にエホバの証人組織から疎遠になったのでした。

地域大会に行ってみたいと今となっては露程にも思いませんが、

昼休みの好きな姉妹との会話をもう一度してみたいなぁと思います。

2013年6月19日 (水)

難病で倒れて思ったこと

久々に投稿します。

それは、今年に入ってから、仕事が忙しくて死にそうだったことと、

難病が進行して、ある臓器に穴が開いて、緊急手術となったためです。

Kyuukyuu


臓器に穴が開いたこと自体の治癒に1か月、その他合併症に2か月という感じで

ようやく退院することができました。

入院中は、中々回復しないことが、涙あふれるほど辛く悲しいものでしたが、

幸いにも、体調は戻り、仕事に復帰することができました。

疾患のある臓器をとったことで、慢性的な痛みからも解放されました。

ただ今後二度と、疲れるぐらい頑張ることや肉や酒を楽しむことができない体になった

ということは、まさにこれから働き盛りという私にとっては、過酷な運命です。

その過酷さから来る怒りは、エホバの証人2世としての過酷な過去というストレスが難病の遠因と感じることから、それを与えた親に向きます。

現在、何らかの苦しみ、例えばろくな職業につけないとかいうことを抱えていて

エホバの証人2世としての過酷な過去があれば、親に怒りを抱くと思います。

それはそれとして、自分の人生はやはり自分で造っていかなくてはいけませんが、

簡単に割り切れるものではありません。

ただひとつ言えるのは、バイトしながら開拓者という生活ではなく公務員となるという

選択をしたのは大正解だったということです。

エホバの証人の言う、王国を第一にしていれば、食べていくのも困難になっていたところです。

就職することへのすさまじい負の圧力がある組織の中で、ただでさえ難しい

公務員になった過去の自分の判断力を褒めてあげたい気分です。

同時に、他の事柄についても、エホバの証人としての生き方を強制されなければ、

より良い判断ができ、より良い人生を遅れたと感じます。

ものみの塔に「より良い人生、それはどのように得られますか?」的な主題の記事が

時々でますが、答えは「読まずに捨てれば得られます」という感じです。

2013年1月 3日 (木)

今年の目標

今年の目標はすることしないこと。

すること

・彼女を作る

・貯金をする

・断捨離をする

しないこと

・月30時間以上の残業

・無駄遣い

・ブログへの書き込みw

皆さんも2013年がHappyな年となりますように。

2012年12月31日 (月)

2012年を振り返って ~損失確定の年~

2012年は、20代が終わった年であり、損失確定した年でもあります。

1つの損失は健康面でのことです。

今まで、体の不調の原因がずーと分からず、心因性のものということになっていましたが、

100%肉体的なものであることが分かりました。

そして、適切な治療を受けることにより、また、精神的なストレスは関係ないという理解により、

仕事も日常生活もまともなものになりました。

今までは、椅子から立ち上がるのも辛く、仕事をやれる状態ではなかったのです。

よく、結婚したなぁとも思います。

2つめは、1つめとリンクしていますが、離婚です。

健康体であれば、もっと度量が大きくなれたという意味で、離婚という結果にならなかったかもしれません。

とはいえ、ささいなことで、包丁を持って暴れる相手とは、うまくやれなかったかもしれません。

離婚という経験により、学んだことも多いですが、やはりハンディを背負った感は否めません。

まぁ、若い人に言うなら、

体調が悪さが1ヶ月以上続いたら、待ち時間3時間クラスの大きな病院で精密検査受けましょう。

恋愛は、どんどんして、明らかに結婚には向いていないタイプの人がいることも学びましょう。

ってことです。

2012年12月11日 (火)

禁じられたことその11 ~投票~

Gijido_15 衆議院総選挙まであと少しです。

選挙時期になるといつも思い出すのが、

神の政府を支持するので人間の政府を支持しないとか

イエスは政治に参加しなかったため、エホバの証人は政治に中立であるべきとか

政府の非聖書的名行いの責任を負うことになるとか

いう理由で投票に行かないことが度々、公開公園とかものみの塔とかで強調されていたことです。

それを過度に守り、学級委員の選出を禁止したり、特定候補への投票を頼まれたときに

わざわざ「私は投票しないんです」とか自慢げに言ってみたり、

する人もいました。

まぁ、神が人間の政府を許しておられるから、上位の権威に従いなさい的な

ルールを準用すると、神により許される人間の政府にするために投票するのもいいんでは?

と今振り返ると思います。

どの政党もダメダメな気がしますが、公務員として政府の端くれの端にいる身としては、

長年政権を運営していた党、つまり、今の法律、政令、省令、などの国のルールを

つくってきた党が政権とってくれた方が、混乱がなくていいなと思います。

ちなみに初めて政権交代した党は、ハトポッポ~って感じで何も決ならない感じで大変でした。

2012年12月 8日 (土)

昨日と同じ今日、されど違う明日 ~懐古完了~

エホバの証人組織の言うとおりにしないと死ぬという強迫観念から、

虐待ともいえる暴力で、エホバの証人組織に縛り付けられた私は、

大人しくて優しくて真面目な性格と相まって、エホバの証人組織で

ずっと生きていこうと思っていました。

エホバの証人組織では、束縛された昨日と同じ今日、そして今日と同じ明日が来る、

そんなつまらない日々でした。

そんな日々から、自分を解き放てたのは、社会に出て新しい情報を得ることができたからです。

しかし、今度は、難病による体力低下という制約下でまともに仕事もできない日々が続きました。

何にもできない昨日と同じ今日が過ぎ、明日もつまらないものだとあきらめてました。

そして、楽しかったはずの学生時代に宗教という重荷を背負わした母親に対する憎しみしかありませんでした。

そんな日々が、難病の治療が一段楽したことにより変わりました。

体力が回復し、仕事もできるようになり、前向きな気持ちになりました。

母親に対する憎しみ、エホバの証人として生きることにより費やした莫大な機会費用

についてはそれはそれとして、今日と違う明日を切り開いて行きます。

2012年12月 7日 (金)

13年ぶりに偶然であった ~この道しかないという~

Miti 今日、市役所の土木課的なところに仕事の話をしにいったら、

1階で住民票を交付してもらいに来ていた美沙姉妹がいました。

美沙姉妹は控え目で、きれいで、家事もしっかりするいい姉妹です。

あと10年若ければ、「この後ケーキでも食べに行きません?」と誘っていたと思います。

美沙姉妹には、分け合って集会に行ってないことを話したら、穏健的にではありますが、

「この道しかない。命がかかっているから」とかいう趣旨のことを言ってました。

まぁ、主観的な思い込みで失当だと思いましたが、せめて、

「色々道はあるけど、この道が好きで選んだのよね~。」と

幸せそうに言って欲しかったです。

まぁ、エホバの証人組織の言いなりに普通の幸せを放棄しないと命がないという

洗脳された人生を歩んでいるなぁと思いました。

そんな昨日と変わらない今日、今日と変わらない昨日がずーと続く日々で幸せなのでしょうか。

普通に生きてたら、きれいで家庭的な姉妹なので、優しくて安定した収入のあるいい男と

結婚して、子どもが2人いて、平凡な幸せを手に入れていたと思います。

2012年12月 3日 (月)

人の幸せとは ~結局組織は不幸量産~

特殊な環境に置かれると、「どうすれば幸せな人生を送ることができますか?」

なんていう、ものみの塔のキャッチフレーズ並の疑問を持ってしまいます。

ま、出版物を見れば、エホバに任命された俺たちの言うことを聞くことが

幸せな人生ですよ!という結論が延々と書かれています。

しかし、それは不幸な人を量産するわけで、結局のところ、何が幸せな人生なのかなぁと

考えました。

創世記12:1,2に次のようにあります。

それからエホバはアブラムにこう言われた。「あなたの国を出,あなたの親族と父の家とを離れて,わたしが示す国へ行きなさい。2 そうすればわたしは,あなたから大いなる国民を作り,あなたを祝福し,あなたの名を大いなるものにする。あなたは祝福となりなさい。

私の解釈としては、結婚し、家庭を築き、子や孫の人生を見ることが、人間として幸せな

ことではないかと思います。

そう考えると、エホバの証人組織の言う、「結婚する暇があったら勧誘活動しろ」的な

教えは不幸な人間量産システムのような気がします。

2012年10月20日 (土)

最後のテーマ ~親に対して思うことその2~

エホバの証人としての生き方を強制し、普通の幸せな少年時代を奪った親に対しては、

「一生分の親孝行をした」と思います。

だからもう親のために何かをすることは、1分、1円たりともないんじゃないかなぁと思います。

よく、エホバの証人としての生き方を強制したのは、子どもを愛するがゆえのことといいますが、

私は、単に頭が足りなかっただけだと思います。

子どもを愛するのは、ほとんどの親に共通していますが、宗教を暴力で強制するのは

ごくごくわずかですからね。

親の頭の悪さのゆえに、味合わないで良い苦しみを長期間に渡って、経験したことを考えると、

親のために今後何かをしようとは思わないでしょう。

今の、勝ち組ではないが、負け組みでもない普通の幸せを手に入れたことができたのは、

底辺高校に入るように強要してきた親を振り切った自分の判断のためです。

むしろ、親が散々足を引っ張ってきたため、公務員程度にしかなれなかったと思います。

実際、自分より成績の悪かった弟は、高校進学後、集会、奉仕に時間をとられず、塾の費用も出してもうらうという好条件があったため、医学部ですし。

良く、昔のことを忘れ、これからを楽しく生きていけば良いという人もいますが、

難病にかかり、100%楽しめない状況では、せめて、子ども時代は楽しく過ごしたかった

と思います。

2012年10月17日 (水)

最後のテーマ ~親に対して思うことその1~

ブログを書く間隔がどんどん空いてます。

これはこれで、エホバの証人だった時代が加速度的にどうでもいい過去になっていること、

仕事とプライベートが充実していることに

エホバの証人から遠ざかっている生活であることを示す証拠なので

喜ばしいことなのでしょう。

完全に忘れる前に、もうひとテーマ書いておこうと思います。

それは、エホバの証人としての生き方を強制した親へ思うことです。

このテーマを書こうと思ったのは、60歳くらいの母親の立場のエホバの証人だった人から、

「エホバの証人としての生き方を子どもに強制したためか、子どもは、親元を離れ、家庭も築いているが、全く戻ってこない。どうやら私を強く嫌っているようだ。反省して子どものことを色々気遣っても効果がない。どうすれば仲直りできるか?」という問いをもらったからです。

2012年9月22日 (土)

自分の頭で考えようその1 ~親の愛情不足と言うけれど~

エホバの証人2世が一番最初に離れる原因として、親の愛情が足りないから

集会や奉仕に行かないで世の友達と遊ぶようになると言われいます。

さらに、異性との普通の付き合いが原因で離れていくときも、

親の愛情が足りないから異性に愛情を求めると言われています。

その上、うつ病になったりして集会にいけれない状態になると、親の愛情が

足りないからうつ病になったんだと陰で言われます。

組織のこの言い方は、親の子どもを想う気持ちを巧みに突いた方法であり、

親の罪悪感を引き出し、子どもに宗教を強制させるうまいやり方だと思います。

実際には、親の愛情不足ではなく、親離れです。

創世記に「その父と母を離れ」あるように自然の発達段階です。

仲間を作り、集団行動をするようになるという成長によって、

老人の決めた単なる宗教活動である集会や奉仕からは遠ざかるのです。

また、親から愛情を受け、大人の精神になったからこそ、集会や奉仕で

無為な時間を過ごすのではなく、供に人生を過ごすパートナーを見つけようとするのです。

そして、親のゆがんだ愛情が、それらを禁止し、子どもを無理に宗教に縛り付けるとき、

子どもはうつ病になるのです。

結論としては、親の愛情を正しくそそげば、自然とエホバの証人を卒業していくから、

気にしなくていいということです。

2012年9月 7日 (金)

an・anを見て  ~そりゃあ、エホ証にはまる人もいるね~

毎日の残業前に、コンビニで雑誌をちょくちょく立ち読みします。

その中で30前後のキャリアウーマンを対象にしたan・anという女性誌があるのですが、

この間は、手相で全てが分かるって感じの特集がページの2/3くらい組まれました。

女性って、バリバリ働いてる比較的合理性のある人でも、こーいう科学的でない決め付けが

好きなんだなぁと思いました。

そりゃあ、非合理的な理論てんこ盛りのエホバの証人の教えに惹かれる人がたくさんいるのも、

納得しました。

まぁ、直感と言うか、思い込みを正当化する根拠が欲しいのだろうなと思いつつ、

そういう、根拠のない思い込みを押し付けてくる迷惑至極な存在が女性というもんだなと

改めて感じました。

2012年8月11日 (土)

印象に残った聖句その17 ~清濁併せ呑む~

馬鹿正直という言葉があります。

エホバの証人は馬鹿正直に組織のルールを守っている感があります。

聖書を見ると、家令が、今で言う天下りのために便宜を図っている例があります。

ルカ16:4

そうだ,どうすればよいか分かったぞ。わたしが家令職から外されたとき,人々がわたしを自分の家に迎え入れてくれるようにするのだ』。5 それから彼は,主人の債務者をひとりひとり自分のもとに呼んでから,最初の者にこう言いました。『あなたはわたしの主人にどれくらい借りがあるのか』。6 彼は言いました,『オリーブ油百バトです』。[家令]は言いました,『あなたの契約書を受け取り,座って,早く五十と書きなさい』

なんと、違法に借金を半分にしちゃってます。

後にイエスはこの家令を賢いと肯定的に評価しているので、

決して馬鹿正直に生きる必要はなく、多少ルールを曲げてもいいということが判ります。

ま、日本風に言えば、清濁併せ呑む大胆さも必要ってことではないでしょうか。

2012年7月30日 (月)

夏といえば ~それは地域大会だった~

Hanabi_2

夏といえばなんでしょう?

海とか花火とかキャンプとか楽しいイメージがありますが、

私は3日間、昔は4日間も退屈な話をじーと聞かねばならない地域苦行大会

のイメージしかありませんでした。ちょっとでも動いたらムチぺんぺんでしたしね。

記憶にないくらい昔は、お菓子もでて、お祭り気分でそれなりに楽しかったような気もしますが。

大人という年齢になってからは、

かわいい姉妹にアプローチする婚活パーティ(・∀・)って感じで、

昼休みというわずかな時間を楽しみに耐えてました。

かわいい姉妹の横には、お母さん姉妹という屈強なガーディアンがいるのですが、

「あのプログラムの、あの実演、感動したっすね~」とガーディアンと話をし、

本命に「夏休みどっか行った~」とかなんだり雑談してました。

さすがに、未信者のご主人が来てるパターンだと話しかける勇気が出ませんでした。

まさに、前門の虎、後門の狼って感じで。

まぁ、美人女子高生に声をかけていた当時の私は無謀でしたし、

若かったなぁと思います。

今も、20代で、若いですけどw

«印象に残った聖句その16 ~人を裁くの(・A・)イクナイ!!~

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  • いいえ私はJW2世
    自然消滅した元二世が、JW(エホバの証人)について語るブログです。 JWの世界が面白く書かれています。
  • エホバの証人の下半身事情
    貧乏開拓者から公務員へ逆転ホームランを打った人です。 面白くエホバの証人時代のことを語ってます。
  • 『脱JWサクセスストーリー』
    相互リンクさせていただいています。 題名のとおり、2世として成人した人が うまく脱組織できた事例です。 これから辞めようと思う人は参考にしてください。
  • 諸葛茶屋
    手前味噌ですが、 エホバの証人同士が語り合う掲示板です。 対処しにくい危機の時代に疲れた方へ。