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2011年3月

2011年3月31日 (木)

子をエホバの証人活動から遠ざけるアドバイス

Tooku 以前の記事で海狸さんからいただいたコメントについて私なりの意見を述べます。

>私の現役JWの高卒の子供が四月から公務員に成ります。

  まずは、このご時勢の中での公務員合格おめでとうございます。

>大学進学をするように強力に説得工作をしましたが
現役JWの妻の猛反対に遭い、説得にしっぱいしました。
パート、アルバイトに成る事だけは何とか食い止める事が
出来ました。

  下手に大学に行くよりも、高卒で安定した公務員になる方が良い場合もあると思います。

  パート、アルバイトに成る事を食い止めることができたということは、息子さん自身は

  そんなに狂信的ではないのでしょうね。
 
>しかしまだ安心出来ません、妻の工作で突然、公務員を
辞めるのでわないかと不安で堪りません。
今後の対応をアドバイスして頂けないでしょうか。SOS!

  妻の工作を受けないよう、違う会衆で一人暮らしをさせるのはいかがでしょうか?

    もちろん、仕事を辞めることを勧める雰囲気の会衆を避けましょう。

    集会の日に残業や飲み会があった日には、仕事を辞めなさいと絶対に言うでしょう。

  そもそも、妻が工作するのは、経済的な苦労というか社会を知らないからだと思います。

  私の周りでは専業主婦が、よくパートして神のご意志を第一にするよう言ってます。

  そういうわけで、一人暮らしをさせて、経済的にパートではやっていけないと思わせるのが

  いいと思います。

  あるいは妻を働かせて経済的な大変さを判らせるのもいいでしょう。

  後は、お父さんの説得も受け入れているようなので、仕事だけは絶対にやめるなと念を押しましょう。

  身分の保障された公務員を辞めてパート、アルバイトになることは悲惨です。

  息子さんが、公務員としての職務を全うされることを祈ります。

2011年3月29日 (火)

あんな人こんな人その5 ~開拓者至上主義兄弟~

私が生まれ育った会衆に必要の大きなところということで転入された

開拓至増兄弟がいました。

その兄弟は勧誘活動至上主義でした。

そしてなんと迷惑なことに、私の大学時代に補助開拓をするようしつこく言ってきました。

開拓至増兄弟は30くらいで、普通姉妹と婚約しました。

数ヵ月後、婚約解消の発表がありました。

理由は、何があろうとも開拓奉仕を続けるという開拓至増兄弟に対して、

姉妹は、開拓奉仕にこだわらず、二人で仲良く暮らしていけばいいじゃないと言ったことです。

開拓至増兄弟は何がなんでも開拓という人じゃないと嫌だということで、婚約は解消に至りました。

普通姉妹はパートで生計を立てており、

「神のご意志を行うために、経済的に不安定でもいいんです!」

って注解をしていたが、結婚には安定と安らぎを求めたのでしょう。

普通姉妹が集会後に涙していたのが記憶に残っています。

2011年3月26日 (土)

神のご意志を第一にしていますと言えば聞こえはよろしいが

エホバの証人世界では、よく神のご意志を第一にしています。という言葉を聞きました。

そしてそう言う人は99%くらいの割合で、就職、出産を神のご意志を行うためと言って犠牲にしています。

具体的には伝道活動に時間を費やしています。

ところで、テニスのサークルに行っているのですが、

そこの世話役の人が10年前に離婚したと言う話になり、

「妻がものみの塔に入って勧誘に出たのが別れた理由」と言っていました。

つまり、世間一般から見れば、エホバの証人が神のご意志と言っている活動は

単なる勧誘活動にしか過ぎないのです。

熱心な開拓者は、神が評価してくださると言いますが、何か証拠でもあるの?

と思います。

単なる自己満足の世界だと思います。

2011年3月24日 (木)

簡素な生活と言えば聞こえがよろしいが・・・

先日、巡回大会があったようで、母から話を聞きました。

すると、私が所属していた会衆のあるご夫婦が生活を簡素にして開拓奉仕を行っているという経験を話したそうです。

そのご夫婦は、個人的に親しくしていたこともあり、とても善良でよい人だということは知っています。

どこやらの、どら息子みたく、親からの援助があるわけでもなく、本当につつましく生活を送っておられます。

また、神のご意志を第一にしたいと心から願っておられ、純粋な気持ちから生活水準を抑えておられることも知っています。

だけど、あえて言いたいです。

低所得者向けの住宅供給と言う、地方自治体の福祉があるから家賃分だけ働かなくてすんでいるんですよと。

簡素な生活と言えば聞こえがよろしいが、実際には国の福祉に頼った生活です。

この国は応益負担ではなく、応能負担ですので、

多くの簡素な生活を送っていない人が納めている税金があるからこそ、

簡素な生活を送ることができているのです。

きっと老後資金も国の福祉に頼ることになるでしょうし。

2011年3月22日 (火)

ゲームボーイその1 ~6つの金貨~

Images_2 以前の記事の続きですが、ファミコンが壊れた後、いとこが遊びに来たとき、

いとこはゲームボーイを持ってきました。小学5年生のことです。

そこで、ゲームボーイが欲しいと母親にねだり、何かのポイントシールがたまっていたので、

ゲームボーイとそのソフトであるスーパーマリオランド2 ~6つの金貨~を交換してもらいました。

当時の私の資力では他のソフトを買う余裕がなかったので、6つの金貨をやりこみました。

隠しステージ、隠しアイテム、ちょっとしたバグを見つけて楽しんでいました。

小学生の私にとっては、最後の、ワリオが待ち構えている城の攻略の難易度が高かったです。

スーパーマリオランドもワリオランドも後に遊びましたが、一番記憶に残っているのが

最初に手に入れた6つの金貨です。

2011年3月19日 (土)

社会人生活その4 ~肉体の限界~

仕事のストレスからか、1年半を過ぎたころから、強烈な胃痛と、

下痢型過敏性大腸炎症候群になりました。

そこで、もっと楽な職場に変わろうと考え、転職活動を始めました。

転職先は、楽で安定した収入があるというイメージの公務員です。

ちょうど、団塊の世代の大量退職に伴う採用増と好景気に伴う志願者減がかさなり、

倍率は10倍程度にまで落ちていました。

そういう幸運もあり、無事に合格しました。

学生の時にボロボロだった面接試験も、卒業時に成績上位で表彰されたこと、

学会で賞をとったこと、仕事のことなど、話すネタが増えたので、無事にやり過ごせました。

公務員になってからは、最も激務な部署の一つに配属されたこともあり、

仕事は全く楽ではありませんでした。

そこでようやく気づいたのです。フルタイムで働くことは、それだけでクタクタになるのだと言う事に。

そして、多くの労力を要求するエホバの証人活動は、暇な専業主婦やパートタイマーの

空虚を満たすものだと言う事に。

それ以来、エホバの証人活動を頑張るということはなくなりました。

2011年3月17日 (木)

社会人生活その3 ~新たなる恋~

Kataomoi 恋する心を原動力としていたため、新しい会衆で、かわいい人いないかなぁと思っていました。

すると、若い姉妹が2人しかいない会衆でしたが、そのうちの1人がかわいい姉妹でした。

私は、村重兄弟の監視をくぐってあおい姉妹と話をするうちに鍛えたコミュ力を持ってして、

話しかけました。

もちろん、その姉妹だけでなく、会衆の皆と仲良くなりました。

ある日、その姉妹が入院しました。退院後、ばったりスーパーで出会ったので、

何の病気か聞いたところ、精神的なものと言うことでした。

「お母さんが色々うるさくて」と言っていました。

その後、色々話していると、

「大学に行っていたら、うつ病にならなかったかもしれない、

でもエホバが喜ばれるから大学に行かなかった。」

と言いました。

「また、精神科医にはエホバの証人活動をやめたら治ると言われた。

実際、入院しているときは、体調がいい」

とも言ってました。

その後、巡回監督に、うつ病になってまで無理して組織の提案に従う必要があるのか聞いたところ、

エホバはうつ病になるほど頑張ったことを評価されると言われました。

才色兼備な、その姉妹が、組織の提案に従ったゆえに、うつ病になったという事実が

私が組織から離れる第一歩となりました。

2011年3月14日 (月)

ホワイトデー

White 今日はホワイトデーということで、妻とサークルで仲の良い女の子にお返しをしました。

ゴディバのクッキーとチョコの詰め合わせ×2ってことで6000円の出費です。

まぁ、こういったイベントを楽しめること自体、幸せなことです。

妻の反応は「ありがとう」というものでした。

サークルの子の反応は「こんなにもらってもいいの?わーい、テンションあがる~」というものでした。

妻よ、もうちょっと喜べ!

2011年3月12日 (土)

慰留その2 ~記念式へご招待~

以前の記事で登場した主宰監督から「記念式へご招待」という題目でメールが来ました。

長々としたメールでしたが、要約すると、

「諸葛兄弟は今、○○県庁で苦悩の日々を送っていると思います。

私はシャープを辞めて幸せでした。もし、あのままシャープに居たら、今頃、どうなってたか分かりません。

諸葛兄弟も○○県庁を辞めて、エホバのご意志を第一に

すれば幸せな人生を送れますよ。とにかく、記念式には来てください。」

というものでした。

いや、今の仕事は、仕事内容も人間関係も良いですし、仕事辞めたら、働く貧困層まっしぐらなんですが・・・。

どうして、長老というものはこうも押し付けがましいのでしょうか?

まぁエホバのご意志ごっこは、懲り懲りです・・・。

PanWain_2   

2011年3月 9日 (水)

社会人生活その2 ~仕事で罵声を浴びる日々~

Sigoto 私が社会人になって入った会社は、設計会社でした。

ちょうど事業の転換期を迎えており、新事業の担い手として私を採用したようです。

業務内容は設計ということで、CADで図面を書いたり、数量計算をしたりする日々でした。

しかし、緻密な作業に向いていないという性質であったため、まともに仕事ができるようになるまで2年もかかりました。

その間、直接指導してくれる上司からは

「こんなのもできないのか、中学生でもできるぞ、ばかやろー」

「お前の給料は仕事に見合わないほど高いぞ。大卒だからそれだけの給料をやってるんだ。

もっと仕事しろ」

「お前のすみませんはすみませんになってない」

「お前の目は節穴か~」

とか罵声を浴びる日々でした。まぁ、仕事ができないってのが根幹にあったのですが・・・。

その罵声を聞いていたほかの社員からも

「諸葛の給料は高すぎる。あと5万さげさせる。」

とか、現場に行ったときには、

「この橋から突き落としてやろうか」と殺されそうになったり。

「お前なんか、この会社にいらないんだよ。さっさとやめろ。」

とか言われました。

結局、嫌気が差して、その会社へ仕事を発注する上流工程の職場へ転職しました。

辞めるときは、辞めるときで、仕事がある程度できるようになっていたため、

この裏切り者!って感じで散々もめました。

いつか担当になったら、借りを返してやるぜ。という感じです。

もっとも今でも、仕事がダメダメなのは変わらないですが、でかい組織ですので、

何とかなっています。組織の力は偉大です。

まぁそういう会社であったため、エホバの証人がかなり善良に見え、転職後も

エホバの証人として頑張ろうと思いました。

2011年3月 6日 (日)

社会人生活その1 ~いざ新しい会衆へ~

私は就職のため生まれ育った会衆を離れることとなりました。

その会衆は就職=悪という風潮であり、就職が決まった2世の内定を例の長老が

取り消させたりしていました。

そういうわけで、私が現役エホバの証人2世としては初の就職転居となりました。

大学時代、あおい姉妹に気に入られたいがゆえに、補助開拓をしたり、聖句から注解したり、

割り当てを果たした人に積極的に挨拶に行ったりと、エホバの証人的には模範的な大学生で

あったため、例の長老も、「全時間の仕事をしていても長老になれる」と聖書から励ましたりしてくれました。

会衆の皆も、食事招待してくれたりして、別れを惜しみました。

そのときは、本気で、全時間の仕事とエホバの証人活動の両方を成功させようと考えていました。

新しい会衆でも、同様に、頑張りました。

しかし、人には限界というものがありました。

あおい姉妹を追いかけて、実力以上に頑張り続けた疲れがたまったのか

、新しい会衆で頑張りつつ、仕事での責任も増えてきた頃、反動が出始めました。

ところで、新しい会衆の風潮ですが、生まれ育った会衆と違い寛容な会衆でした。

私が来るちょっと前に、長老が厳しかったため、2世の子が10人くらい次々と離れたのが原因で、

寛容になったそうです。

最初の奉仕で同じ大学の姉妹と組ませてもらったことも、生まれ育った会衆では考えられないことでした。

それにしても、この会衆での2年半は、長老や僕の兄弟と仲良くしたり、

仕事で疲れた体を押して、奉仕にでたり、残業中に集会に行って戻ってまた仕事したり、と

本気で、奉仕の僕を目指して頑張った期間でもありました。

最後の方は、仕事の重圧に加え、転職活動も重なったため、他は目茶目茶でした。

部屋も床の見えない汚部屋になっていました。

もちろん、恋もしましたが、その話はまた後日。

2011年3月 4日 (金)

今は花金

今日は金曜日ヽ(´▽`)/

くそつまらん労働から解放される二日間の始まりと思うと最高な気分(≧∇≦)

昔、金曜日は、くそ嫌な奉仕と集会の始まりで「花金」という言葉がピンときませんでした。

しかし、今や金曜日はひゃっほーいという感じです。

2011年3月 3日 (木)

大学生活の終焉 ~挫折した就職活動~

Shuushoku 私は、将来結婚して家族を持ちたい、生きている間にハルマゲドンが来るとは限らない

と思っていたので、全時間の仕事に就こうと決めていました。

この段階ではまだ、バリバリとエホバの証人活動をやる気満々だったのです。

当時、全時間の仕事を辞めて開拓者になることが流行っていたため、挑戦となることでした。

就職先はエホバの証人活動と両立できるところということで、公務員に絞りました。

しかし、6箇所受けたのに、結果は全滅でした。

筆記試験は、全て上位3%の成績で通過したのですが、口述試験がダメダメでした。

なんたって、大学時代に打込んだことが宗教活動ですし、志望動機も宗教活動と両立できることですしね。

面接で自己紹介、志望動機がうまく言えずにたじたじとなりました。

まぁ、筆記で10倍以上、面接自体、倍率3倍くらいありましたから、

私の非リアっぷりとコミュ力のなさっぷりでは落ちて当然だったのかもしれません。

あと、NTT東or西日本も大学での説明会にたまたま足を運んだら、

流れで筆記、面接と行きましたが、面接で落ちました。

そのときは自己PRをもう少しうまくできるとよかったです。と言われました。

そういうわけで、どこでもいいという気持ちから、地元の中小企業に大学4年生の冬に内定を得ました。

テレビでも言われているとおり、名もない企業なら、ぎりぎりでも受かるんです。

この名もない企業にいた2年半が、流れ星が燃え尽きる前にもっとも輝くのと同じように、

エホバの証人としてもっとも輝いていた時です。

2011年3月 1日 (火)

あんな人こんな人その4 ~ピンポイント爆撃長老~

Bakugeki もう3月になり、春の訪れを感じますね。

さて、私が育った会衆では、三井兄弟という長老がいました。

エホバの証人の話を聞いて、これこそが真理と確信し、三井兄弟は難関大学の神学部を

退学した兄弟です。まぁ気骨ある長老ってことです。

私が小学生の頃、必要の大きな会衆ということで、入ってこられた筋金入りの教義派の兄弟です。

人間関係や雰囲気やノリで何となくやっている大部分の人とは違います。

私も、聖書の解釈でよく教えてもらいました。

しかしながら、人間関係や雰囲気やノリを全く考慮に入れない、人の気持ちが分からない性格でした。

そのため、姉妹たちへの助言がピンポイント爆撃になってしまい、心にダメージを与えていました。

例えば、進学校に行こうとしている子供の親には

「必ず離れますよ。」「滅びますよ。」と言って商業高校に行かせていました。

就職しようとしている人には

「富を得ようとすると滅びますよ」と言って、パートの職につかせていました。

また、開拓者になっていない人は

「開拓者でなければ真のエホバの証人とは言えませんよ。」

と言っていました。

無理にパート開拓者を目指してうつ病になった人には

「僕の言うことを聞かないからうつ病になるんですよ。僕の言うことを聞いた人は皆

成功していますよ。」

と追い討ちをかけていました。

ある姉妹が、長老に反論したところ、

「私が間違っているなら、エホバが長老をおろさせるはずだ。神から任命された長老に立て付く気か」と言い、

「分派をもたらしている」と排斥しようとしました。

ところが、巡回監督が事の詳細を精査した結果、三井兄弟が長老をおろされることになりました。

三井兄弟の助言を聞かず、進学校に行き、大学に行き、全時間の仕事に就いた私は、

神の目から見て、間違ってはいなかったでしょう。

あ、結局、集会に行かなくなったから、三井兄弟の言うこともあながち間違ってはないかなw

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    自然消滅した元二世が、JW(エホバの証人)について語るブログです。 JWの世界が面白く書かれています。
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    貧乏開拓者から公務員へ逆転ホームランを打った人です。 面白くエホバの証人時代のことを語ってます。
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