社会人

2011年3月19日 (土)

社会人生活その4 ~肉体の限界~

仕事のストレスからか、1年半を過ぎたころから、強烈な胃痛と、

下痢型過敏性大腸炎症候群になりました。

そこで、もっと楽な職場に変わろうと考え、転職活動を始めました。

転職先は、楽で安定した収入があるというイメージの公務員です。

ちょうど、団塊の世代の大量退職に伴う採用増と好景気に伴う志願者減がかさなり、

倍率は10倍程度にまで落ちていました。

そういう幸運もあり、無事に合格しました。

学生の時にボロボロだった面接試験も、卒業時に成績上位で表彰されたこと、

学会で賞をとったこと、仕事のことなど、話すネタが増えたので、無事にやり過ごせました。

公務員になってからは、最も激務な部署の一つに配属されたこともあり、

仕事は全く楽ではありませんでした。

そこでようやく気づいたのです。フルタイムで働くことは、それだけでクタクタになるのだと言う事に。

そして、多くの労力を要求するエホバの証人活動は、暇な専業主婦やパートタイマーの

空虚を満たすものだと言う事に。

それ以来、エホバの証人活動を頑張るということはなくなりました。

2011年3月 6日 (日)

社会人生活その1 ~いざ新しい会衆へ~

私は就職のため生まれ育った会衆を離れることとなりました。

その会衆は就職=悪という風潮であり、就職が決まった2世の内定を例の長老が

取り消させたりしていました。

そういうわけで、私が現役エホバの証人2世としては初の就職転居となりました。

大学時代、あおい姉妹に気に入られたいがゆえに、補助開拓をしたり、聖句から注解したり、

割り当てを果たした人に積極的に挨拶に行ったりと、エホバの証人的には模範的な大学生で

あったため、例の長老も、「全時間の仕事をしていても長老になれる」と聖書から励ましたりしてくれました。

会衆の皆も、食事招待してくれたりして、別れを惜しみました。

そのときは、本気で、全時間の仕事とエホバの証人活動の両方を成功させようと考えていました。

新しい会衆でも、同様に、頑張りました。

しかし、人には限界というものがありました。

あおい姉妹を追いかけて、実力以上に頑張り続けた疲れがたまったのか

、新しい会衆で頑張りつつ、仕事での責任も増えてきた頃、反動が出始めました。

ところで、新しい会衆の風潮ですが、生まれ育った会衆と違い寛容な会衆でした。

私が来るちょっと前に、長老が厳しかったため、2世の子が10人くらい次々と離れたのが原因で、

寛容になったそうです。

最初の奉仕で同じ大学の姉妹と組ませてもらったことも、生まれ育った会衆では考えられないことでした。

それにしても、この会衆での2年半は、長老や僕の兄弟と仲良くしたり、

仕事で疲れた体を押して、奉仕にでたり、残業中に集会に行って戻ってまた仕事したり、と

本気で、奉仕の僕を目指して頑張った期間でもありました。

最後の方は、仕事の重圧に加え、転職活動も重なったため、他は目茶目茶でした。

部屋も床の見えない汚部屋になっていました。

もちろん、恋もしましたが、その話はまた後日。

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